『神は一人ひとりから遠く離れてはおられません!』

―創造し、支配し、供給し、統制し、顕示して人を救いに導かれる神―《使徒17:16-34/今回は17:24b-29》
【復習】
●「『知られていない神』を知るには」というテーマの五回シリーズは、今回、その四回目を迎えました。前回は、偶像に満ちたアテネを訪れたパウロが、全ての存在の原因であられるお方こそがまことの神であられ、「この世界とその中にあるすべてのものをお造りにな(られた)」、と宣言したという事をお伝えしました!すなわち、聖書は明確に、「種類ごとに」(創1:11,12,21、24、25)という言葉を繰り返して用い、神ご自身が、一つひとつの生き物を進化によってではなく、「種類ごとに」創造された事を明確に告げています!しかし、歴史が推移して行って1800年代に、この聖書の真理を打ち消そうと台頭して来たのが進化論であったという事を取り上げました!弱い「種類」の生き物というのは自然に淘汰されすなわち取り除かれて行き、この地球上から滅び去るという進化論の理論を、ユダヤ人撲滅に適用したのがナチスドイツの独裁者ヒトラーであったという事についてもお伝えました!それによって、約六百万ものユダヤ人がホロコーストと呼ばれる大虐殺によって命を奪われてしまいました!そういう訳で、進化論が悪魔の理論とも呼ばれるようになったゆえんである事をお伝えしました!
●進化論があくまでも仮説に過ぎないのは、次の三つの理由によりました。進化論というのは第一に観察して判断する事ができないもので、人の憶測による仮説に過ぎないものでした!第二に、その理論は繰り返し証明できるものでもありませんでした!そして、第三に、その仮説は実験を重ねて証明できるものでもありませんでした!そのような致命的な欠陥を、著名な進化論者たちも認めるようになって行き詰りました!それで、しまいには突然変異という、これまた全く証明できない理論をもち出して来て、無理やり進化論のつじつまを合わせるというとんでもない暴挙に出たという経緯を辿って来ました!こうなると、もう科学でも学問でもありません!進化論は何と、日本を含め、世界の公立学校の授業の一環として教えられているというのが現実です!
●それゆえ、聖書が教えている創造論とサタンの理論である進化論仮説の両方をよく理解し、キリストにある愛をもってその悪しき仮説の欠点を指摘する必要があります!そうするに当たって、前回お渡しした「1980年の出来事」という堀越暢治牧師が提起した資料を有効に用いる事をお勧めしました!(再度視聴覚資料を提示せよ)盲目にされている人々をまことの神への信仰へ導くために、私たちクリスチャン一人ひとりが用いられる事を切に願います!
【前置】
●今回のメッセージの主題は『神は一人ひとりから遠く離れてはおられません!』で、副題が「創造し、支配し、供給し、統制し、顕示して人を救いに導かれる神」です。それでは、全体並びに今回のアウトラインを通して、メッセージの流れを見て行く事にしましょう。
―1―
【全体のアウトライン】
[1]まことの神がおられる事を認めること(使徒17:22-23)/前々回(二回目)/済
[2]まことの神が誰であるのかを認めること(使徒17:24-29)/前回&今回(三回目&四回目)
[3]まことの神が言われた事を認めること(使徒17:30-34)/次回(五回目)
【今回のアウトライン】
[2]まことの神が誰であるのかを認めること(使徒17:24-29)
2)まことの神は支配者(使徒17:24b)
3)まことの神は供給者(使徒17:25)
4)まことの神は統制者(使徒17:26)
5)まことの神は顕示者(使徒17:27-29)
【本論】 それでは、本論に入りましょう。
[2]まことの神が誰であるのかを認めること(使徒17:24-29)
2)まことの神は支配者(使徒17:24b)
●まことの神が誰であるのかを認めることの二番目の点は、まことの神は支配者であるという事です!24節の後半で、パウロは、「神は、天地の主ですから、手で造られた宮にお住みにはなりません」と告げました!「神は、天地の主です」という根本理由は、神ご自身が天地万物を創造されたというところに起因します!ですから、主は支配者に当然ふさわしいお方なのです!聖霊はダビデの口を通して次のように語られました。詩篇24:1では、「地とそこに満ちているもの 世界とその中に住んでいるもの それは主のもの」、と!(Yes!)そして、詩篇103:19では、「主は 天にご自身の王座を堅く立て その王国は すべてを統べ治める」、と!また、神によって厳しく戒められたバビロンの王ネブカドネツァルが、神がどういうお方なのであるのかを認めざるを得ず、彼は次のように告白しました。
・・・その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。地に住むものはみな、無きものとみなされる。この方は、天の軍勢にも、地に住むものにも、みこころのままに報いる。御手を差し押さえて、「あなたは何をされるのか」と言う者もいない(ダニ4:34b-35)。
●天地万物を創造され、それら全てを所有され、そしてそれらを支配されておられる神は、明らかに、「手で造られた宮にはお住みになりません」!神殿を立てたソロモンは、献堂式で、次のような祈りを神にささげました。「それにしても、神は、はたして地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして私の建てたこの宮など、なおさらのことです」、と!(1列王8:27)そういう意味で、人が偶像を造りそれを礼拝という事は、まことの神の無限性を否定する最たるものです!
3)まことの神は供給者(使徒17:25)
●三番目に、まことの神は供給者です、まことの神は与えるお方ですという点に進みましょう。まずは、25節の前半の御言葉を取り上げましょう。天地万物の創造者でありまた支配者であるまことの神は、「何かが足りないかのように、人の手によって仕えられる必要」のないお方です!詩篇50:9-13で、神はイスラエルに対して、次のように告げられました。
―2―
わたしはあなたの家から雄牛を囲いから雄やぎを取ろうとしているのではない。森のすべての獣はわたしのもの。千の丘の家畜らも。わたしは山の鳥も残らず知っている。野に群がるものたちもわたしのもとにいる。たとえ飢えてもわたしはあなたに言わない。世界とそれに満ちるものはわたしのものだ。わたしが雄牛の肉を食べ雄やぎの血を飲むだろうか。
まことの神ご自身にとっては何一つ「不自由なこと」はありませんし、また「人の手によって仕えられる必要」もないお方です!
●そうではなくて、逆に、使徒17:25の後半に記されていますように、「神ご自身がすべての人に、いのちと息と万物とを与えておられるのです」!詩篇104:14-29には、神が全ての生き物をどのように養っておられるのか、その具体的な方法が次のように記されています。長い箇所ですので、共に聖書を開いて読んで行く事にしましょう。実に、具体的に記されており、供給者であられる主の素晴らしさを伝えています!
104:14 主は 家畜のために草を また 人が労して得る作物を生えさせます。地から食物を生じさせてくださいます。104:15 ぶどう酒は人の心を喜ばせ パンは人の心を支えます。油よりも顔をつややかにするために。104:16 【主】の木々は満ち足りています。主が植えられたレバノンの杉の木も。104:17 そこに 鳥は巣をかけ こうのとりは もみの木を宿とします。104:18 高い山は野やぎのため 岩は岩だぬきの隠れ場。104:19 主は季節のために月を造られました。太陽はその沈むところを知っています。104:20 あなたが闇をもたらされると 夜になり あらゆる森の獣が這い回ります。104:21 若い獅子は 餌食を求めて吼えたけり 神に自分の食物を求めます。104:22 日が昇ると 彼らは退いて 自分のねぐらで横になります。104:23 人は 自分の仕事に出て行き 夕暮れまでその働きにつきます。104:24 【主】よ あなたのみわざはなんと多いことでしょう。あなたは知恵をもってそれらをみな造られました。地は あなたのもので満ちています。104:25 そこには 大きく広い海があり 這うものや生き物は数えきれません。小さなものも大きなものも。104:26 そこを船が行き交い あなたが造られたレビヤタンも そこで戯れます。104:27 彼らはみな あなたを待ち望んでいます。あなたが時にかなって 食物をお与えになるのを。104:28 あなたがお与えになると 彼らは集め あなたが御手を開かれると 彼らは良いもので満ち足ります。104:29 あなたが御顔を隠されると 彼らはおじ惑い 彼らの息を取り去られると 彼らは息絶えて自分のちりに帰ります。
この詩篇104篇の御言葉のように、まことの神はまさに供給者なるお方です!
●また、供給者であるまことの神は、人を分け隔てして与えるお方ではありません!まことの神に対して心頑なな罪深い人々へ、神は、ご自分の一般恩恵を持って祝福を注いでおられます!「天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる」おかたです!(マタイ5:45)ですから、神は、私たちに対して次のように警告しているのです。「今の世で富んでいる人たちに命じなさい。高慢にならず、頼りにならない富にではなく、むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置(く)」ようにと!(1テモ6:17)
―3―
4)まことの神は統制者(使徒17:26)
●そして次に、四番目の点に進みましょう。それは、まことの神は統制者なるお方です、という点です!まことの神は天地万物の支配者であるのみならず、人々と国々に関わる全ての出来事やその行く末を統制しておられるお方です!パウロは、26節の前半で、「神は、一人の人からあらゆる民を造り出して、地の全面に住まわせ(た)」と告げました!この宣言は、アテネの人々にとっては衝撃でした!なぜなら、ギリシャ人は、他の国々の人々を野蛮人と見なして軽蔑していたからです!そうではなく、地の全ての人々は等しいのです!なぜなら、全ての人々は神によって創造されたからです!そして、その26節の後半で、神は、「それぞれに決められた時代(を)・・・お定めになりました」!国々や帝国が起こりまた滅びて行くのは、全て神の統制下に置かれてなされている事なのです!(ダニ2:36/ルカ21:24)。それからまた、神は、「その住まいの境をお定めになりました」!国々が定まった地に置かれ(申32:8)、またそれらの国々の占領範囲を定められました!(イザ10:12-15)。全て、神の統制の下に、この地上の人々と国々が定められて置かれているのです!そうされた事によって、地に紛争や戦争が起きにくいようにしておられるのは神の知恵の表われです!
5)まことの神は顕示者(使徒17:27-29)
●最後の五番目の点です。27節から29節です。創造者であり、支配者であり、供給者であり、統制者である神は、ご自身の摂理を働かせて、人々にご自身を「求めさせ」ておられます!神は実に罪深い人々を見捨てられず、むしろあわれみ深く、救いに導こうとしておられる素晴らしいお方なのです!天地万物を創造されそしてそれを保たれる中で、神は、ご自身を全人類に現しておられるのです!神はご自身を顕示される事によって、人々に「神を求めさせ」、そして「神を見いだす」ようにしておられます!神は、全ての人の心に律法を記しておられ(ロマ2:14-15)、また天地万物という物質界にご自分を掲示しておられますので(ロマ1:18)、「確かに、神は私たち一人ひとりから遠く離れてはおられ」ないのです!(I see! & Amen!)それゆえ、福音を聞く事がなかった人であっても、もしその人が自分の心の中に記された神の律法に従わないのなら、また神の自然の啓示に沿って歩まない者であるのなら、その人は神の前にその不従順の責任を問われます!人は自分の心の中に記された律法と、自然界におけるご自身の啓示に沿いながら、神の特別啓示である救い主イエス・キリストの救いへと導かれて行くのです!(I see! & Amen!)
●ギリシャ人たちは、自分たちがまことの神について無知であったという事を主張する事はできません!(Wow!)なぜなら、彼らの同胞が記した詩の中にも、自然における神の啓示が示されているからです!(I see!)たとえそれが偶像の神々を通した啓示であっても、まことの神の啓示は見られるのです!(Wow! & Wow!)クレテの詩人であるエピメニデスは、28節の前半に記されていますように、「私たちは神の中に生き、動き、また存在している」と記しました!また、パウロの郷里であるタルソはキリキヤ地方にあるのですが、その地の出身であるアトラスという詩人は、28節の後半で、「私たちは神の子孫です」と記しています!何と、この世の詩人たちを通して、神が創造者であり、支配者であり、供給者であり、また統制者であるという啓示を与えているのです!通常、パウロは、旧約聖書を用いてこれらの真理を解き明かすのですが、ギリシャ人には聖書がありませんでしたので、彼らが良く知っている詩人たちの詩を通して神の真理を教えたのです!(I see! & Wow!) ―4―
●人は神の「子孫です」という真理は、異教の詩人たちでさえ認めているのですから、29節に記されておりますように、「神である方を金や銀や石、人間の技術や考えで造ったものと同じであると、考えるべきでは」ないのです!もしそう考えるのなら、全く愚かな事だと言わざるを得ません!もし神が人を創造されたのであれば、その神は、人が造った単なる偶像の遥か以上のものでなければなりません!パウロは、アテネの人々の同胞の一人が記した詩を引用して、偶像礼拝がいかに愚かな行為であるのかを力説したのです!(I see! & I see!)
●これが、御言葉の知識のない異教の人々へ伝道する最良のスタートポイントなのです!天地創造の背後にはまことの神がおられ、そのお方の力とその尊い働きを知らせる事は、人々をまことの神ご自身へと案内する良い方法なのです!
【まとめ】 それでは、今回のメッセージをまとめましょう
●前回と今回のメッセージを通して、五つの具体的な点を通してまことの神が誰であるのかが示され、そのお方を認めるようにという使徒パウロの勧めを学びました。今回は、その二番目から五番目の点を学びました。天地創造をなされた神は、当然、天地とその中にいる全ての生き物の所有者であられ、それゆえ当然それらのものの支配者であられます!また、支配されるという事は、当然、支配される生き物全ての必要を満たしてくださる供給者でもあられます!そして更に、天地とその中にいる全ての生き物の行く末を統制されるお方です!それゆえ、「一人の人からあらゆる民を造り出して、地の全面に住まわせ(た)」神は、「それぞれに決められた時代と、住まいの境をお定めにな(って)」占領範囲を定められ、民族同士がまた国同士が紛争や戦争を起こしにくいように、また争いに巻き込まれにくいようにするためでした!
●そして、神がそうされたのは、最終的に、人々に「神を求めさせるため」でした!人の心に記された律法を通して、また天地の被造物を通して、つまり神が人類に与えておられる一般啓示を通して、ご自分を求めさせておられます!そして、最終的に、聖書に記されている特別啓示である救い主イエス・キリストの救いへと人々を常に導こうと働き掛けておられます!人々は偶像を造りあるいは心の中に偶像を持って神を裏切っていますが、神ご自身は恵みとあわれみをもって、終始、人々をご自身の救いへと導こうとしておられるのです!
【適用】 それでは、今回のメッセージを適用しましょう。
●いかがでしょうか、まことの神が創造者であられるなら、そのお方は被造物を支配され、被造物に必要なものを供給され、統制され、それから最終的にはその一般恩恵と特別恩恵を通してご自分を顕示され、そして人々の救いを導かれるお方だという一連の流れを理解する事ができたでしょうか?クリスチャンの皆さん、あなたは、この五つの面でご自分を現されたまことの神によって信仰に導かれた事を理解できましたか?本来なら、神に背を向けて生きていた私たちがその報いを受けて滅ぼされて当然のところを、恵みとあわれみによって私たちを救いにあずからせ、罪赦され、永遠の命をお与えになり、天国の希望までもお与えになりました!あなたは、このまことの神に対して、感謝の思いに溢れていますか?
―5―
●求道中の皆さん、また未信者の皆さん、聖書が告げているこのまことの神の恵み深さ、慈しみ深さを知る事ができましたか?そのお方を信頼して、人生を送ろうという思いにさせられましたか?そして、そのお方をもっと聖書から学んでみたいという思いにさせられましたか? それでは、祈りの時をもちましょう。
【結論】
■「確かに、神は私たち一人ひとりから遠く離れてはおられません」(使徒17:27b)。

