『無知の時代から悔い改めの時代へ!』

―御父は、死からよみがえられた御子が、義をもって世界を裁かれる日を定められた―《使徒17:16-34/今回は17:30-34》
【復習&追加説明】
●「『知られていない神』を知るには」というメッセージシリーズは、今回が五回目で最終回となります。前々回と前回にわたって、創造論と進化論に関するメッセージを取り次いで来ました。進化論は、天地万物の創造者でありまた道徳心を人々の心にお与えになった神を抜きにして、天地万物全ての存在を説明しています。日本も含め、全世界で進化論が学校の理科の教科書の中身を飾っています。テレビも、日本の国会で審議されて年間予算が定められるNHKをはじめ民放も、あたかも確かな科学の法則のように進化論による天地万物の成り立ちを説明しています。しかし、進化論は「科学的には証明されない仮説であるという事、いや科学的にはむしろ否定されている理論である」という解説がどこにも見られません!ですから、前々回と前回のメッセージでお伝えしましたように、アメリカの創造論学者たちは、進化論者を“進化論信者”と呼んでいるくらいです!進化論仮説を受け入れる人々は、命の根源である神の必要性だとか、天地万物の最初の原因の必要性を全く見逃してしまっています!
●西ドイツの生化学者であるヨハン・ダイゼンホーファーは、1988年、光合成に必要なタンパク質複合体の三次元構造を明らかにした功績により、他の二人の化学者と共にノーベル化学賞を受賞しました!彼は、「ナチスドキュメンタリー12階段への道ー」という著書の中で、進化論の危険性について、次のように述べています。
アドルフ・ヒトラーは、進化論を彼の行動の理論的根拠として、6百万人にのぼるユダヤ人を平然と虐殺しました。ゲルマン民族(注1)が栄えるためには、ユダヤ人は寄生虫であって取り除かねばならないと考えたのです。※1((注1)ドイツ北部・デンマーク・スカンジナビア南部地帯に居住していた人々を指す。)
●このホーファーの文献を紹介した堀越暢治牧師は、次のように説明しています。
今日進化論は単なる科学の問題ではなく、あらゆる分野の人類の思想に大きく影響をもつようになった。共産主義運動も(注2)、ヒューマニズムも(注3)、進化論をその理論の基礎としている。政治も経済も、宗教や道徳までもがその影響下にあり、この思想を根底として組み立てられていると言ってよいと思う。全ては進化したし、進化するものだと考えている。・・・進化論は・・・証明し尽された真理だと思っている人々が圧倒的に多いのである。特に、進化論だけしか教えられていない日本では一層そうである。※2((注2)共産主義は無神論思想です。/(注3)ヒューマニズムとは、「人文主義者」とか「人間中心主義」と訳される言葉で、善や真理の根拠を神でなく理性的な人間の中に見出そうとした思想です。)
●前々回のメッセージでお伝えしましたように、「愚か者は心の中で、『神はいない』と言う。彼らは腐っていて、忌まわしいことを行う。善を行う者はいない」(詩篇14:1)とダビデは語っていました。「神はいない」という無神論者の真意は何でしたでしょうか?(続く) ―1―
無神論とは、罪深い生き方に対する神の裁きを退けたい人々の論理だという事でした!私たち日本人クリスチャンは進化論の背景をよく把握しつつ、人々へ福音を伝える必要があります!
【前置】
●これまで、序論を含めて四回のメッセージを取り次いで来ました。下記のアウトラインに記されていますように、本論の第一ポイントでは、「あなたがたが知らずに拝んでいる」まことの神がおられる事を認めるということについてお伝えました(17:22-23)。第二ポイントでは、そのまことの神が誰であるのかを認めるということについて、二回にわたってお伝えして来ました(17:24-29)。そして、締めくくりの第三ポイントの今回は、まことの神が言われた事を認めるということについてメッセージを取り次ぎます(17:30-34)。今回は30節から34節を取り上げるのですが、ここにもまた、神の大切な真理が記されています!今回のメッセージの主題は『無知の時代から悔い改めの時代へ!』で、副題が「御父は、死からよみがえられた御子が、義をもって世界を裁かれる日を定められた」です。それでは、今回のメッセージの主要な点を、次のアウトラインで押える事から始めましょう。
【全体のアウトライン】
[1]まことの神がおられる事を認めること(使徒17:22-23)/前前々回
[2]まことの神が誰であるのかを認めること(使徒17:24-29)/前々回&前回
[3]まことの神が言われた事を認めること(使徒17:30-34)/今回
【今回のアウトライン】
[3]まことの神が言われた事を認めること(使徒17:30-34)
1)無知の時代(使徒17:30a)
ア)異邦人の救い
イ)ユダヤ人の救い
2)悔い改めの時代(使徒17:30b-34)
ア)神は全ての人に悔い改めを命じておられる(使徒17:30b-31a)
イ)神はよみがえられた御子によって裁きを確定しておられる(使徒17:31b-34)
【本論】 それでは、本論に入りましょう。
[3]まことの神が言われた事を認めること(使徒17:30-34)
●アウトラインが示していました通り、30節から34節は、大きく二つに分ける事ができます。1つが、30節前半の「無知の時代」で、もう一つが30節後半から34節に掛けた「悔い改め」の時代です。この二つの時代がそれぞれどういう特徴をもっているのか、そしてまた劇的な時代の変化をもたらしたのは何なのか、という大切な点を取り上げて行く事にします。
1)無知の時代(使徒17:30a)
ア)異邦人の救い
●それでは、30節の前半の「無知の時代」を取り上げましょう。この「無知」とは、唯一のまことの神を知らないという事を意味するものです。この言葉は、アテネの人々へ語られている言葉ですので、異邦人が神を知らないで過ごして来た時代を指しています。異邦人のこのような神を知らない「無知の時代」を、神ご自身が「見過ごしておられ・・・た」というのです。(続く) ―2―
この「見過ごしておられ・・・た」という言葉は、神が、異邦人に対して活発に関わって来られなかったという意味で記されています!(I see!)
●とは言いましても、神は、「天からの雨と実りの季節を与え、食物と喜びで」、異邦人の「心を満たすなど、恵みを施しておられ」ました!(使14:17)これを何恩恵と表現していましたか?そうです、一般恩恵です!前回のメッセージお伝えしましたように、詩篇104:14で、「主は 家畜のために草を また 人が労して得る作物を生えさせ・・・地から食物を生じさせてくださいます」!また続く15節には、「ぶどう酒は人の心を喜ばせ パンは人の心を支えます」、と記されていました!神にとっては、自然の恵みを受ける人がどういう人であるべきなのかは全く関係ありません!神は、等しく、「ご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」お方です!(マタ5:45)神はこのようにして異邦人に対して関わって来られたのですが、ユダヤ人たちに対するように、直接の啓示を特別に与えられたり、また旧約聖書という書物によって神の啓示を与えられたのではありませんでした!そういう意味で、神は異邦人に対しては、ユダヤ人たちとは違った取り扱いをして、積極的には関わっては来られなかったのです!
●神が異邦人へ注いでおられた一般恩恵には、食物や水や太陽の光以外にももっと深い意味がありました!実に、人の心にもそれが表されているのでした!知性、感情、意志、善悪を判断する道徳心などは、決して物質からは生まれて来ません!優れた知性や感情や意志や道徳心を持っておられる神が、人の心をもご自身に似せて創造されたという事を示していました!別の言葉で表しますと、心の中に記された神の道徳的な律法と言えますし、また良心という言葉で表す事もできます!それも、神の一般恩恵です!
●その真理をものの見事に表していている御言葉を開きましょう。ローマ2:14-15には、次のように記されています。
律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じることを行う場合は、律法を持たなくても、彼ら自身が自分に対する律法なのです。彼らは、律法の命じる行いが自分の心に記されていることを示しています。彼らの良心も証ししていて、彼らの心の思いは互いに責め合ったり、また弁明し合ったりさえするのです。
ですから、神は異邦人に対して活発に関わっては来られませんでしたが、彼らに対しては、自然を通した啓示や、生まれながらにして持っている心の中の律法という光に沿って歩めるようにしておられました!それゆえ、神がどなたなのかを知らない「無知の時代」だからと言っても、神が全く関わっておられなかったのではありません!人の側からまことの神に反逆して神から離れたにもかかわらず、神の側では、これらの恩恵を与えて、人が神を意識するようにしておられました!
●ですから、イエス・キリストが救い主としてこの世に来られて「無知の時代」に終止符を打たれ、「悔い改め」の時代を始められるまでは、異邦人は与えられた光の中を歩み、それを基準にして神は彼らを受け入れておられました!(I see! & Wow!)彼らは、ユダヤ人のように律法の命じる祭りや罪のための犠牲の捧げものというのは知りませんでしたが、彼らの心に記された律法に沿って歩む手段を与えておられました!(I see!) ―3―
ユダヤ人は記された神の律法という十分な光を与えられていましたので、それに見合った十分なものが求められました!(I see!)一方、異邦人は、自然と良心という限られた光しか与えられていませんでしたので、それに見合った限られたものしか求められませんでした!その事について、ローマ3:24-25は、次のように伝えています。「キリスト・イエス」を「公に示され(る)」までは、「これまで犯されてきた罪を見逃してこられたのです」、と!そして、使徒14:16には、「過ぎ去った時代には、あらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むままにしておられました」、と記されていました!
●しかしだからと言って、罪を平気で行い、それを繰り返しても良かったのだというのではありませんでした!この点については、イエス・キリストが来られる前の「無知の時代」も、またイエス・キリストが来られてから後の「悔い改め」の時代においても変わらない事です!人は「自分の咎のゆえに死」にます!(エゼ18:18)また、「人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります」!(ガラ6:7)そして、「自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取(る)」事になります!(ガラ6:8)ですから、キリストが来られない前の「無知の時代」に異邦人が罪を犯すなら、その異邦人はその刈取りをする事になりました!勿論、その「無知の時代」に、神は異邦人の罪を赦さないお方ではありませんでした!ただ神は、異邦人に対しては、ユダヤ人とは違う取り扱いによって、彼らには活発には関わって来られなかったのです!
イ)ユダヤ人の救い
●それでは、異邦人とは対称的な位置にあるユダヤ人の救いについても見てみましょう。イエス・キリストが救い主としてこの世に来られる前は、ユダヤ人には大きく分けて二つの歴史がありました。一つは神の律法が与えられる以前の時代、もう一つは律法が与えられて以降の時代です。ユダヤ人民族には、異邦人に与えられていた自然に見られる神の存在を示す啓示や心に記された律法である良心の他に、神が直接語り掛けてご自分を啓示されました。アブラハム、ヤコブ、イサクへ神が直接語り掛け、モーセを通して神の律法が啓示されました。そしてその後、預言者たちによって旧約聖書が記され、ユダヤ人たちが旧約聖書を手にする事ができるようになりました!
●旧約聖書を通して、神のご性質がどのようなものなのかが明確にされました!前々回、前回と学びましたように、まことの神は天地万物の創造者であり、支配者であり、供給者であり、統制者であり、そして被造物を通してご自分を顕示されておられるお方だという事でした。そしてまた、聖いお方であり、正しいお方であり、「赦しの神であり」、「情け深(い)」神であり、「あわれみ深(い)」神であり、「怒るのに遅(い)」神であり、「恵み豊か」な神であられました!(ネヘ9:17b)人が造った偶像の神々とは全く次元の異なる気高いお方でした!
●しかし、人は神の律法を誰一人完全に守る事はできません!律法を完全に守れないユダヤ人たちは誰一人救われる事ができません!律法を完全に守れない理由は、人が罪深い者であり、ゆえに完全な者は誰一人いない事を示しています!それゆえ、律法は、人には救い主が必要である事を絶えず示し続けているのです!これが、神の律法の主たる目的です!ですから、キリストを基点として前の旧約時代と後の新約時代の双方において、人は律法を守る事によってではなく、守れない罪を認めて悔い改め、その罪を赦していただくために神を信じて救われる必要があるという真理が示されたのでした!それが、次の「悔い改め」の時代へと移り変わる大きなポイントとなるのでした!―4―
2)悔い改めの時代(使徒17:30b-31)
ア)神は全ての人に悔い改めを命じておられる(使徒17:30b-31)
●それゆえ、キリストが来られてからは、使徒17:30の後半にありますように、神は、「今はどこででも、すべての人に悔い改めを命じておられ(る)」のです!という事は、これまでそれぞれの良心に従って生きて来た異邦人に対して、明確に「悔い改めを命じ(る)」ように変わったのです!「神は日を定めて・・・この世界をさばこうとしておられ」ますので、異邦人に対するこれまでの取り扱いを変更されました!「神は・・・お立てになったひとりの方」すなわちイエス・キリストよって、「義をもってこの世界をさばこうとしておられ」ます!父なる神は、イエス・キリストにそのさばきを行う権威をお与えになられました!イエス様ご自身が、ヨハネ5:22-27で次のように語っておられます。
5:22 また、父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子に委ねられました。5:23 それは、すべての人が、父を敬うのと同じように、子を敬うようになるためです。子を敬わない者は、子を遣わされた父も敬いません。5:24 まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わされた方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきにあうことがなく、死からいのちに移っています。5:25 まことに、まことに、あなたがたに言います。死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。それを聞く者は生きます。5:26 それは、父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったからです。5:27 また父は、さばきを行う権威を子に与えてくださいました。子は人の子だからです。
●そして、その裁きの日は明確に定められています。2テサロニケ1:7-9がその定められたその日を次のように伝えいます。
1:7 苦しめられているあなたがたには、私たちとともに、報いとして安息を与えることです。このことは、主イエスが、燃える炎の中に、力ある御使いたちとともに天から現れるときに起こります。1:8 主は、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わない人々に罰を与えられます。1:9 そのような者たちは、永遠の滅びという刑罰を受け、主の御前から、そして、その御力の栄光から退けられることになります。
「永遠の滅びという刑罰」という、明確で、物凄い裁きの宣言です!それゆえ、その裁きによって永遠に滅ぼされる事のないよう、神は、イエス・キリストを通して、「今はどこででも、すべての人に悔い改めを命じておられ(る)」のです!
イ)神はよみがえられた御子によって裁きを確定しておられる(使徒17:31)
●ところで、その「一人の方」というのが、なぜイエス・キリストを指しているのでしょうか?イエス・キリストがさばきを行う権威を持っておられる根拠は、どこにあるのでしょうか?その答えは、イエス・キリストの復活にあります!31節の後半にありますように、神が、イエス・キリストを「死者の中からよみがえらせ(る)」事によって、御子イエス・キリストがさばきを行うという「確証をすべての人にお与えにな」られ「たのです」!死を滅ぼしそして死から復活するという不可能な御業を、誰が成し遂げる事ができるでしょうか?
―5―
イエス・キリスト以外に誰もいません!イエス・キリストの復活はキリストご自身がまことの神である事を証明していますし、また十字架の身代わりの死が人の罪の贖いとなる事を確証しています!そして、今回の御言葉ように、復活は、イエス・キリストがさばき主であるという事を確定しているのです!という事は、全世界の罪人が、イエス・キリストが救い主であり・甦りの主であり、そして裁きの主であるという真理に対してどう反応するかによって裁かれる事になります!
●キリストが来られる以前の時代は、異邦人に対しては、自然を通した啓示によって人に神の存在を教え、神に近づけさせるという役割を果たさせていました!そして、心の中に記された律法である良心に沿って生き、また神がお与えになるいかなる啓示によって神を信じるなら、その人は救われました!それから、キリストが来られて後の新約時代は、救い主であり、甦りの主であり、裁き主であるイエス・キリストを信じる事無しには、誰も救われる事はできない時代となりました!
●イエス・キリストは、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」語られました!この「道であり、真理であり、いのち」であるキリストを「通(す)」事無しに、「だれも父」なる神「のみもとに行くこと」が「でき」ません!(ヨハ14:6)それゆえ、ユダヤ人も異邦人も、救われるためにはイエス・キリストを知る事が不可欠の条件となりました!それゆえ、使徒や弟子たちに対して、「全世界に出て行き、すべての造られた者に」対して、イエス・キリストの「福音を宣べ伝えなさい」、とイエス様ご自身が命じられました!(マル16:15)それゆえ、キリストが救い主であり、甦りの主であり、そして裁き主である事を知らせる事が、クリスチャンのそして教会の最重要使命となりました!
―アテネの人々の反応(17:32-34)―
●パウロはアテネの人々に対して、「アレオパゴス」と呼ばれる丘で、一番目に、「あなたがたが知らずに拝んでいる」まことの神がおられる事を認めるよう語り掛けました!(使徒17:22-23)。二番目に、そのまことの神が誰であるのかを認めるようを語り掛けました!(使徒17:24-29)そして、三番目に、まことの神が言われた事を認めるよう語り掛けました!(使徒17:30-31)アテネの聴衆の反応はいかがでしたでしょうか?先に、18節に記されていましたように、「このおしゃべりは、何を言いたいのか」、また「彼は他国の神々の宣伝者のようだ」と言っていましたので、パウロは、彼らから再びどのような反応が返って来るのかについては、ある程度予測はできていたと思います。そして、32節で、その反応が次のように記されていました。「死者の復活のことを聞くと、ある者たちはあざ笑った」、と。なぜなら、ギリシャ人の哲学や理解の中には体のよみがえりというのがなかったからです。あるいはまた、「ほかの者たちは」、口先だけで「そのことについては、もう一度聞くことにしよう」と言いました。彼らが再び福音を聞く機会を持つ事をしなかった事は明らかです。そして、33節に記されているように、「パウロは彼らの中から出て行(きました)」ので、アテネの聴衆たちもすぐにその会場を後にしたに違いありません。
●そのような否定的な反応の中で、ルカは34節で、「ある人々は」パウロ「につき従い、信仰に入った」伝えています!どういう「人々」かと言いますと、「アレオパゴスの裁判官ディオヌシオ、ダマリスという名の女の人」、そして「そのほかの人たち」でした!彼らは、第一段階のまことの神の存在、そして第二段階のまことの神が誰なのか、更に最後の第三段階のまことの神が何を言わんとしておられるのか、という点を理解して「信仰に入った」人々でした!パウロのアレオパゴスの説教で、彼らだけが『知られていない神』を知ったのでした! ―6―
●アテネの人々の反応は、私たちに次の御言葉を思い出させてくれます。「すべてのことが、わたしの父からわたしに渡されています。父のほかに子を知っている者はなく、子と、子が父を現そうと心に定めた者のほかに、父を知っている者はだれもいません」、と!(マタ11:27)そしてまた、次の御言葉も思い出させてくれます。「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです」、と!(マタ11:28-30)
●まことの神の存在を知り、まことの神が誰であるのかを知り、そしてまことの神の言われる事を知って従う者へは、まことの神から真の休息が与えられます!クリスチャンの生涯とは、キリストの「くびき」を負ってキリストに歩調を合わせて歩む歩みです!その「くびきは負いやすく」またその「荷は軽い」のです!ぜなら、助け主聖霊が信じるその内に住まわれて助けられるからなのです!
【まとめ】 それでは、今回のメッセージをまとめましょう
●今回は、『無知の時代から悔い改めの時代へ!』と題してメッセージを取り次ぎました。自然の啓示や良心に記された神の律法という限られた光の中を異邦人たちが歩んでいたのが、「無知の時代」と呼ばれるものでした。しかし、父なる神が御子イエス・キリストを通して世界を裁く日を定められたがゆえに、イエス・キリストが救い主として来られて以来、新約の時代からは「悔い改め」の時代と呼ばれるようになりました!
●それゆえ、全ての人は、イエス・キリストが救い主であり、よみがえりの主であり、そして裁き主であるという真理にどう反応するかによって裁かれるようになりました!それゆえ、教会の最も大切な務めは、イエス・キリストを人々に知らせるために「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝え(る)」事となりました!(マコ16:15)
【適用】 それでは、今回のメッセージを適用しましょう。
1)一番目の適用です。いかがでしょうか、あなたは、イエス・キリストが救い主であり、甦りの主であり、そして裁き主であるという真理を信じ受け入れていますか?それが、あなたにとって裁きの基準となります!最重要基準です!もし、その真理を理解していないのでしたら、どうぞ教会が提供しております入門コースを通して、その真理を深く学んで下さい!
2)二番目の適用です。その重要な真理を信じている皆さんにとっての最大の使命は、「すべての造られた者に、福音を宣べ伝え(る)」事です!いかがでしょう、あなたはその使命のために人生を用いていますか? それでは、祈りの時をもちましょう。
【結論】
「イエスは・・・言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません』」(ヨハネ14:6)。
[参考文献]
※1 堀越暢治、『人間の生まれた日 進化論と創造論』、いのちのことば社、1983、p.37。
※2 同上、p.37-38。
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