『影響を与えるクリスチャンの特徴!』①

十字架

第一の特徴/使徒パウロの驚くべき勇気と大胆さから学ぶ事とは―《使徒17:1-15/今回は序論&17:1-2a、10》

【前置&序論】

―前 置―

●これまで、六回にわたってイエス・キリストの十字架刑と復活について聖書から学んで来ました。そしてその後、先週、西田幸二兄の免疫疾患による一か月半に及ぶ入院生活で得た貴重な教訓を、証しメッセージという形で分かち合ってくれました。そして、再び、私に講壇の務めが回って来ました。前々回のメッセージの冒頭で、イエス・キリストの復活のメッセージを終えた時点で、一旦、ルカの福音書の講解説教をお休みにして、使徒の働きからリメイクによるメッセージを取り次ぐ事になるかもしれませんとお伝えしましたが、そのような運びとなりました。三回シリーズでお届けするのですが、やはりその中にも、イエス・キリストの十字架の死と復活が力強く説かれて行きます!

●皆さん、おぼえておられるか分かりませんが、今年の一月と二月に、五回にわたって「ピリピ」での使徒パウロとその一行の福音宣教について取り上げました。リディアとその家族そして牢獄の看守とその家族が救いの恵みにあずかり、ヨーロッパ大陸において、劇的に、初めてキリスト教会が誕生した事をお伝えしました!しかしその後、パウロとその一行がピリピの地に留まる事が許されない状況であり、次の宣教地である「テサロニケ」へ、そして更にその後「ベレア」に向かう事となります。その両方の地における宣教の働きについて、三回にわたってお伝えする事にいたします。

―序 論―

●「テサロニケ」においては、使徒パウロとその一行は、6節に記されていますように、「世界中を騒がせてきた者たち」、と妬みに駆られたユダヤ人たちから呼ばれていました。他の聖書の訳を見ますと、「天下をかき回してきたこの人たち」(口語訳)、そして英語の訳では“turned the world upside down”/「世界をひっくり返して来た人たち/世界を大混乱に陥れた人たち/世界を一変させた人たち」(新欽定訳/NKJV)と表現されています。また、7章後の使徒24:5では、パウロはまるで疫病(ような人間で、世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こしている者だ、とユダヤ人宗教指導者たちから揶揄されていました!

●これら五つの表現はどれもが過激なものですが、その中でも特に「疫病のような人間」というのが余りにも露骨な表現です!皆さん、あなたがもし悪性の伝染病を意味する「疫病」呼ばわりされるのでしたら、あなたはどう反応するでしょうか?ところでそもそも、「疫病」とはどういうものなのでしょうか?

●新改訳第三版は、「疫病」ではなく、「ペスト」と翻訳しています!パウロは、「まるでペストのような存在」だと記されているのです!ペスト菌は、元々野ネズミの間に流行が見られたのですが、ノミなどを媒介して人にも伝染するようになりました。その症状は激しいもので、死亡率が高い法定伝染病の一つです。昔はよく流行しましたが、特に14世紀にはヨーロッパ全域に大流行して、人口の三割が命を落としていたという記録が残されています。

―1―

日本では、1899年(明治33年)に国外から侵入したのが初のペストの流行です。翌年から、当時の東京市は予防のために一匹あたり5銭(現在の千円位の価値)でネズミを買上げたようです。1926年(大正15年)以降は、日本での発生は見られていないという事です。それ程、ペスト菌撲滅のために、国が総力を挙げて取り組んだ程に危険な疫病でした!

●これらの表現から、使徒パウロとその一行が、いかに霊的にペストのような感染力の強い人たちであったのかを示しています!すなわち、キリスト教の福音を宣べ伝えるに当って、彼らがいかに大きな影響力を持った人物たちであったのかという事を物語っています!これから三回にわたって、「テサロニケ」と「ベレア」という両方の地における使徒パウロの宣教について学びます。『影響を与えるクリスチャンの特徴』という主題のもとに、シリーズ一回目のメッセージを取り次ぐ事にします。副題は、「第一の特徴/使徒パウロの驚くべき勇気と大胆さから学ぶ事とは」です。それでは、三回のメッセージの大きな流れと今回の一回目のメッセージの細かい流れを、次のアウトラインで捉える事にしましょう。

【全体のアウトライン】

序論:世界中を騒がせてきた者たち!/今回

本論:影響を与えるクリスチャンの特徴!/一回目

[1]勇敢な者(使徒17:1-2a、10)/今回

[2]福音を正しく説く者(使徒17:2b-3、11)/次回

[3]弟子化する者(使徒17:4、12)/次々回

[4]反対される者(使徒17:5-9、13-15)/次々回

【今回のアウトライン】

[1]勇敢な者(使徒17:1-2a、10)

1)臆せずユダヤ人会堂へ向かうパウロの勇気(使徒17:1-2a、10)

2)パウロの勇気の源

ア)神に対する信仰(詩篇27:1-3)

イ)神に対する聖さ(詩篇7:1-5、10)

ウ)神に対する希望(2歴代20:21-22)

【本論】 それでは、本論に入りましょう。

[1]勇敢な者(使徒17:1-2a、10)

―苦しみや迫害がパウロの勇気をくじく事ができない!―

●それでは、『影響を与えるクリスチャンの特徴』の第一は、勇気や大胆さです!キリストにある勇敢な者が、周りの人々へ影響を与える事ができます!エペソ教会をパウロから任されたテモテが、臆病になってしまった時がありました。自分の師と仰いでいるパウロが投獄され、またアルテミスという女神を祭っていた壮大な神殿のあるエペソでは、キリスト教会に対する迫害が起こっていました。そのような中で、テモテは、心配とストレスで胃を悪くして健康状態が良くありませんでした(1テモ5:23)。そんなテモテに対して、師匠のパウロは、「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました」と語って、彼を勇気づけたのでした!(2テモ1:7)                             ―2―

そしてまた、「あなたにゆだねられた良いものを、私たちのうちに宿る聖霊によって、守りなさい」と語って励ますのでした!(2テモ1:14)勇気や大胆さというものは、初代教会が世に影響をもたらすに当ってなくてはならないものでした!

●勇気や大胆さにおいて、使徒パウロほど、そのお手本であり続けた人物はいませんでした!パウロにとって、苦しみや迫害が襲って来るという事が充分に予測されたのですが、彼はそれでも主の働きを止める事をしませんでした!彼がエペソの長老たちと再会した時に、次の方って、自分の宣教姿勢について語りました。

20:22 ご覧なさい。私は今、御霊に縛られてエルサレムに行きます。そこで私にどんなことが起こるのか、分かりません。20:23 ただ、聖霊がどの町でも私に証しして言われるのは、鎖と苦しみが私を待っているということです。20:24 けれども、私が自分の走るべき道のりを走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音を証しする任務を全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思いません(使20:22-24)。

そして、「テサロニケ」と「ベレア」における出来事は、パウロの主にある驚くべき勇気が現される事になるのでした!

1)臆せずユダヤ人会堂へ向かうパウロの勇気(使徒17:1-2a、10)

―「私たち」(17:1a)―

●さて、1節の冒頭で、「パウロとシラスは」とあります。使徒の働きはルカが書いているのですが、原語では「彼らは」とありますので、この時、ルカ自身がパウロやシラスやテモテと同行していなかったという事が分かります。ところが、前の章の16:11で、ピリピに移動した時には「私たち」とありましたので、その時は、ルカが同行していたという事が分かります。それではいったい、ルカはどこにいて、何をしているのかという疑問が起こります。ピリピにおいては、パウロを通して「占いの霊につかれた若い女奴隷」が解放され(16:16)、その異邦人の主人たちが「金儲けする望みがなくなった」事によって暴動が起こりました(16:19)。それで、この場合、パウロとシラスとテモテはピリピの町を出る方が良いと判断しましたので、次の宣教地である「テサロニケ」へ移動しました。ところが、ルカは彼らと「テサロニケ」の人々と同様に異邦人でしたので、そのまま「ピリピ」へ留まり、生まれたばかりの教会を助ける事に専念したのだろうと考えられます!

―ピリピからテサロニケへ(17:1b)―

●さて、パウロ一行は「ピリピ」を離れ、ローマ帝国が紀元前2世紀に建設したギリシャ半島を横断する「エグナチア町道」を通って南西の方角へ旅します。彼らは、「アンピポリスとアポロニアを通って、テサロニケに行(き)ました。「アンピポリス」はピリピから約50Km離れた所にあり、「アポロニア」「アンピポリス」から約50Km離れた所にあり、そして「アポロニヤ」から「テサロニケ」までは約65Kmあります。最初に記された二つの町にそれぞれ一泊ずつしながら、三日掛けて「テサロニケ」へ到着したであろうと思われます。となると、彼らは一日に48Kmずつは旅をした事となります。三日間で合計約160Kmです。しかし、彼らはピリピで何度もむちで打たれた上に投獄されましたので、そんな体力があったのかと思われます。ですから、恐らく、ピリピ教会が二人の事を思って馬を提供してくれたのではないかという聖書注解者もいますが、十分考えられる事です。

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●パウロとその一行は、「アンピポリスとアポロニア」では福音を語ったという記録はありません。「アンピポリス」はピリピよりも大きく且つより重要な町であったのですが、それがなされていないのです。恐らくその理由としては、その二つの町にはユダヤ人会堂がなかったからであろうと考えられます。しかし、「テサロニケ」にはユダヤ人の会堂があったと記されています。

●この「テサロニケ」は、マケドニヤの首都で且つ重要な町でした。人口は、20万人はいたであろうと伝えられています。この町は、アレキサンダー大王の父親であるピリポか、あるいは将軍の一人であるカッサンダーがアレキサンダー大王の妹の名前にちなんで、「テサロニケ」という町を創ったのであろうと言われています。パウロの時代には、「テサロニケ」はマケドニアの主要な港町であり、また商業における重要な中心都市でした。「テサロニケ」は、現在でもギリシャでは有名な都市の一つです。

―パウロの同国人への熱い思い―

ローマ9:1-310:1に記されていますが、パウロは、同国人であるユダヤ人が救われるのを熱烈に願うというその願いで常に動かされていました!ですから、パウロが「テサロニケ」に着いた時に「いつものように」ユダヤ人の会堂に「入って行(く)」事は、彼にとっては何の驚きでもありませんでした!パウロが同国人であるユダヤ人から何度も虐待されたにもかかわらず、彼がユダヤ人の魂に対する情熱やその熱い思いを失う事は決してなかったのです!(Wow!)本当に凄いです!私たちは、このパウロの情熱に倣いたいです!

●パウロに対するユダヤ人の反逆を振り返ってみましょう。第一次伝道旅行においては特にそうでした。最初のキプロス島においてはいかがでしたか?パウロは、ユダヤ人魔術師であるバルイエスに反対されました(13:6)。次のピシディアのアンティオキアではどうでしたか?「この群衆を見たユダヤ人たちはねたみに燃え、パウロが語ることに反対し、口汚くののし(り)」(13:45)ました。そしてその後、「ユダヤ人たちは、神を敬う貴婦人たちや町の主だった人たちを扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、二人をその地から追い出し」ました(13:50)。その次のイコニオンではどうでしたか?「信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人たちをそそのかして、兄弟たちに対し悪意を抱かせ」ました(14:2)。そして、「石打にしようと」いう陰謀がある事を知ると(14:5)、「難を避け(る)」(14:6)ために付近の町に移らざるを得ませんでした。そして移った先のリステラでは石打ちにされて、危うく死ぬところでした(14:19)。そして、前回の使徒の働きシリーズで取り上げましたように、次にピリピにおいても迫害に会い、むち打たれて投獄されました。これは、異邦人による迫害でした。これらユダヤ人や異邦人からの迫害を受けたにもかかわらず、いかがでしょう、彼が「テサロニケ」に着いた時、何のためらいもなく「ユダヤ人の会堂」に入って行ったのです!(Wow!)

●しかし悲しい事に、ユダヤ人の反対はパウロとその一行を「テサロニケ」からも追い出してしまいました。それゆえ、「テサロニケ」「兄弟たちは」17:10「すぐ、夜のうちにパウロとシラスをベレアへ送り出(さざる)を得ませんでした。「ベレア」「テサロニケ」から約80Kmは離れています。「ベレア」は人々に知られていませんでしたし、そんなに重要視された町ではありませんでした。パウロは「テサロニケ」でユダヤ人に反対されたはずなのですが、「ベレア」でもすぐさまどこへ行ったでしょうか?それは、「ユダヤ人の会堂」でした!パウロにとって「ユダヤ人の会堂」は、一向に臆する所はありませんでした!パウロの同国人に対する尽きない愛を示していますし、神もまたそれ以外の選択肢を与えませんでした!  ―4―

彼は、第一コリント人への手紙の中で、次のように記しています。「私が福音を宣べ伝えても、私の誇りにはなりません。そうせずにはいられないのです。福音を宣べ伝えないなら、私はわざわいです」、と!(9:16)彼の宣教の情熱は、しかも彼を迫害して苦しめるユダヤ人に対する情熱は衰えを知りませんでした!そのような勇気と大胆さは、いったいどこから来るのでしょうか?それが次の二番目のポイントで、パウロの勇気の源を示しています。

2)パウロの勇気の源

●ここからは、クリスチャンの勇気の源となる三つの点について取り上げる事にしましょう。

ア)神に対する信仰(詩篇27:1-3)

●勇気の源の一番目は信仰です!勇気とは、信仰の上に成り立つものです!この真理の重要さについては、ダビデもまたよく理解していました。ダビデは、しばしば敵によって苦しみまたその敵に追われました。そしてそれにもかかわらず、彼は、繰り返し繰り返し、神への絶対的な信頼を明白に告白しています!詩篇27:1-3は次のように伝えていますが、物凄い告白です!

27:1 【主】は私の光 私の救い。だれを私は恐れよう。【主】は私のいのちの砦。だれを私は怖がろう。27:2 私の肉を食らおうと 悪を行う者が私に襲いかかったとき 崩れ落ちたのは 私に逆らう者 私の敵であった。27:3 たとえ 私に対して陣営が張られても 私の心は恐れない。たとえ 私に対して戦いが起こっても それにも私は動じない。

敵の大きな圧力の中で、ダビデは主へ全き信頼を寄せているのです!

●パウロもまたこのダビデの思いと共鳴し合うかのように、エペソ6:10で、次のように告げています!「主にあって、その大能の力によって強められなさい」、と!愛弟子テモテに対しては、「私の子、キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい」、と励ましの手紙を送りました!(2テモ2:1)勇気や大胆さの鍵は、神の主権による力と守りに信頼し、主の強さに依存する事にあります!人生のどんな状況に置かれたとしても、「主は信仰ある人を守(られる)」という約束を固く握っている人です!(詩篇31:24/新共同訳)

●また逆に、勇気が欠如する究極の原因は、神理解の曖昧さから来ます!神に対して曖昧な理解をもっている人は、どうしてその神に力強い信頼を寄せる事ができるでしょうか?教会とは、教会に集う方々の神理解を助けるために全力を注いでいるところです!そういう意味で、教会はとても重要なところです!神を正しく理解する事は、信仰を強め、勇気をもたらします!

イ)神に対する聖さ(詩篇7:1-5、10)

●勇気の源の二番目は神に対する聖さです!別の表現をしますと、勇気は聖さから来ます!聖さは、まず罪を告白する事から来ます!再び、ダビデの告白を参照しましょう。詩篇7:1-7、10で、ダビデは次のように語っています。

7:1 私の神 【主】よ 私はあなたに身を避けます。どうか 追い迫るすべての者から 私を救い 助け出してください。7:2 彼らが獅子のように 私のたましいを引き裂き 助け出す者もなく さらって行かないように。(続く)

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7:3 私の神 【主】よ もしも 私がこのことをしたのなら もしも 私の手に不正があるのなら7:4 もしも私が親しい友に悪い仕打ちをしたのならまた私に敵対する者からゆえなく奪ったのなら 7:5 敵が 私のたましいに追い迫り 追いつき 私のいのちを地に踏みにじるようにし 私の栄光をちりの中に埋もれさせてください。・・・7:10 私の盾は神にあり 神は心の直ぐな人を救われます。

●ダビデは、ここで何を言わんとしているのでしょうか?困難な試練にぶつかった時に、ダビデは、「自分の内には告白していない罪はありません」と宣言しているのです!神に罪を告白し、罪を赦していただき、それを元に自分の救出を祈っているのです!彼は、自分が身に着けている胸当てに大きな穴が開いたままで戦いに出るという事が、いかに愚かな事であるのかをよく知っていました!罪を神に告白して赦しをいただかないで霊の戦いをするという事は、「正義の胸当て」に大きな穴が開いた状態と同じなのです!(エペ6:14)その状態では、敵の攻撃を防ぐ事が出来ずに敗北してしまうのです!その穴を防ぐのが、罪の告白による神への聖さを意味します!思いの中の罪、言葉による罪、そして行いの罪を神の御霊が示される毎に、信仰者はその罪を神の前に告白し、悔い改め、神の赦しをいただき続けるのです!そうする事によって、主にある聖さを保ち続けるのです!

ウ)神への希望(歴代20:21-22)

●勇気の源の第三番目は神に対する希望です!別の表現をしますと、勇気は希望から来ます!どういう希望でしょうか?それは、神が与える勝利に先立って感謝するという事が、実に、信仰者に勝利の希望を与えるのです!(Wow! & Wow!)旧約聖書第二歴代誌20章で、モアブ人とアモン人が一緒になって南王国のユダを侵略して来る事が記されています。ヨシャパテ王は、ユダ王国には敵に対する力がない事を知っていましたので、彼は次のように主に助けを求めるのです。「私たちの神よ。彼らをさばいてくださらないのですか。攻めて来るこの大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいのか分かりません。ただ、あなたに目を注ぐのみです」、と!(20:12)

●そこで彼は、エルサレムの住民から人々を選んで、攻撃する者たちに向かうようにさせました。住民です!戦士たちではないのです!戦いが始まる前に、ヨシャパテ王は21節で、「主に向かって歌う者たちと、聖なる装いをして賛美する者たちとを任命し」ました!そして、任命された「彼らが武装した者の前に出て行って、こう言うためで」でした!「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで」、と!すると、その感謝に満ちた主への信頼に対して、主は次のようにお答えになられました!続く21節に記されていますように、「主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた」のです!(20:22)前もって神に感謝する事が、勝利を切望する勇気を与えたのです!一回目のメッセージはこれまでです。

【まとめ&適用】 それでは、ここで今回のメッセージのまとめと適用をする事にしましょう。

※『影響を与えるクリスチャンの特徴!』には四つありました。それは、勇敢な者、福音を正しく説く者、弟子化する者、そして反対される者でした。一回目の今回は、勇敢な者すなわち勇気と大胆な者という点を取り上げました。

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(1)パウロの勇気は、同国人であるユダヤ人に何度迫害されても、その魂の救いに対する情熱や熱い思いが衰える事はありませんでした!いかがでしょうか、皆さんが、「ああもうだめだ。この人は何度祈っても変わらない。もう無理」とあきらめて、祈る事も、言葉を掛ける事も、行動する事も諦めている方はいませんか?パウロの同国人に対する愛から学ぶ必要はありませんか?

(2)もう一点、勇気の源について語りましたが理解できましたか?信仰者の勇気は、神への信頼がその根底にあります!神への信頼には、神に対する正しい理解が必要です!それと神に罪を告白して赦していただいて聖さの内に留まる事、また神が敵に勝利して下さると希望をもって前もって感謝する必要があるという点も学びました!神への信頼、神への聖さ、神にある希望が勇気の源である事を受け止める事ができましたか?前もって感謝する事の大切を学びましたか? それでは祈りましょう。

【結論】

「・・・世界中を騒がせてきた者たちが、ここにも来ています」(使徒17:6b)。

[引用&参考文献]

・ジョン・マッカーサー、『マッカーサー新約注解書/使徒の働き13-28』(ムーディー出版、1996)(John MacArthur, The MacArthur New Testament Commentary, Acts 13-28, The Moody Bible Institute of Chicago, 1994, p.113-119.)

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