「ピレモンへの手紙」講解説教(3)/メッセージ原稿/『神の赦し、人の赦し』/2015.12.27

『赦す者の霊的な品性!』
―主への関心そして主にある兄弟姉妹への関心― 《ピレモン 1-7/今回は 6-7》
【序 論】 ―フィリピン大統領キリノ氏の旧日本軍戦犯への恩赦!―
●今から 62 年前、フィリピンにおいて、日本人にとっては決して忘れてはならない出来事がありました。 それは、フィリピンの第六代大統領キリノ氏が、旧日本軍の戦犯で生き残っていた 134 人に対して恩 赦を行った事でした!死刑判決を受けた 79 人中 17 人は、キリノ大統領の署名によって既に刑が実行さ れていました。日本占領下にあったフィリピンでの日本軍とアメリカ軍との戦闘で、激戦下のマニラでは 10 万人の市民がそしてフィリピン全土では 110 万人の国民が犠牲になったと言われています。その戦死 者の中にはキリノ大統領の妻子四名も含まれ、末っ子の二歳の娘は銃剣で殺されました。日本軍によ る住民の殺害事件も報告され、戦後のフィリピン社会の対日感情は最悪で、日本人に対する怨みと 報復心が渦巻いていました。
●そのような社会状況下において、カトリックの敬虔なキリスト教徒であったキリノ大統領は、対日協調 の道を探り、戦犯に寛大な措置を講じました!日比両国民の友好を閉ざさないためには、公私に 及ぶ憎悪の連鎖を断つ事の大切さをフィリッピン国民に示し、一方、日本国民にはフィリピン人の痛 みへの理解を促したのでした!恩赦に踏み切ると、次の大統領選では敗北が決定的になる事は明 白でしたが、保身に走らず聖書が命じる赦しを実行したのでした!
●死刑囚は日本本国に送還され、東京都豊島区西巣鴨にある巣鴨刑務所で終身刑を受ける事にな りました。しかし、キリノ大統領は退任二日前に、入院中の病院のベッドの上からフィリピン国民と日 本に向けた声明を発表し、この中で更にこれらの死刑囚に対する恩赦も宣言したのです!大統領 の任期中、二度にわたる恩赦を実行し、日本人戦犯者の命を救ったのです!
●日本は、1976 年までに約二千億円の賠償金を支払い、2013 年の台風被害を受けたフィリピン に対して、日本は過去最大の救助活動や復興活動を助けたり、そしてフィリピン国内のイスラム反政 府組織とフィリピン政府との仲介役も日本が買って出、アキノ大統領は「日本の貢献は計り知れな い」と謝意を表しています。どこからこのような麗しい協力関係が生まれて来たのでしょうか?間違い なく、敬虔なクリスチャンであった第六代大統領キリノ氏の赦しから始まっていると言えます!戦後、 その恩赦に応え続けている日本の姿も麗しいです!赦しがもたらす恩恵は多大です!
―メッセージへの導入―
●さて、現在、私たちはピレモンへの手紙を通して『神の赦し、人の赦し』というテーマのもとにメッセージを 取り次いでいます。今回は、その三回目のメッセージで、『赦す者の霊的な品性!』について引き続き学 びます。今回は、まず前回の復習をするところから始めましょう。
―1―
【復 習】 【赦さないことの意味】
1.赦さない事は、信仰者を自らの過去に閉じ込める。
2.赦さない事は、苦々しさを生み出す。
3.赦さない事は、サタンに対して足場を築かせてしまう。
4.赦さない事は、神との交わりを妨げる。
【赦しに関する言葉の描写】
1.赦す事は、鍵を回す事によって牢獄の扉を開け、囚人を自由に歩けるようにする事である。
2.赦す事は、負債に向かって、大きな文字で「何の借りもない」と書く事である。
3.赦す事は、裁判官が小槌をたたいて、「無罪」と宣言することである。
4.赦す事は、矢をものすごく高くまたどこまでも射る事であり、それが再び見つけ出される事は 決してない。
5.赦す事は、全てのゴミや塵を集めて始末する事であり、家を清潔にして新鮮にする事である。
6.赦す事は、停泊している船のロープをほどき、大海原へ解き放つ事である。
7.赦す事は、死刑囚の刑を全く免除する事である。
8.赦す事は、挌闘相手に仕掛けている締め技を緩める事である。
9.赦す事は、落書きされた壁を磨くことであり、まるで新しい壁のようにしておく事である。
10.赦す事は、土器を粉々に粉砕する事であり、それは決して元には戻らない。
●シリーズ『神の赦し、人の赦し』の三回目のピレモンへの手紙の講解説教の流れは、下記の[全体の アウトライン]と[今回のアウトライン]に記されている通りです。
【全体のアウトライン】
[1]初めのあいさつ(1-3)/済 [2]赦す者の品性(4-7)/今回[3)-6)]
【今回のアウトライン】
[1]初めのあいさつ(1-3)/済 [2]赦す者の品性(4-7)
1)主への関心(4-5a)/済 2)聖徒への関心(5b)/済 3)栄光への関心(6a)/今回
[3]赦す者の行動(8-18) [4]赦す者の動機(19-25)
4)よく知る事への関心(6b)/今回 5)交わりへの関心(6c)/今回 6)祝福する事への関心(7)/今回
―2―
【本 論】 それでは、今回のメッセージの本論に入りましょう。
[2]赦す者の品性(1-7)
1)主への関心(4-5a)/済/復習 ―ピレモンの高い霊的品性はどこからスタートしているか?―
●ピレモンの高い霊的品性の源はどこから生まれていたでしょうか?5 節の前半で、「それは、主イエ スに対して」ピレモンが「抱いている信仰」だと記されています!赦す者の第一にくる霊的な品性は、主 に対して第一の関心を払っているところからくるのだという事を示しています!
●ピレモンは本物の信仰者として、主を一番の関心としていますし、それゆえ主をお喜ばせする事 を一番の願いとしていました!ピラトは、主が自分の全ての罪を赦しておられるという事をよく知っ ていましたので、彼もまた他の人々の全ての罪を赦す事ができました!本物の信仰を持っているピ レモンには、御霊と御言葉が彼の内に豊かに住まわれていましたので、ピレモンがなすべき正しい 事すなわち赦しを実行して来ました!
2)聖徒への関心(5b)/済/復習
●5 節の後半では、パウロは、「すべての聖徒に対する」ピレモンの「愛とについて聞いているからです」と 記しています。赦す者の二番目の霊的品性は聖徒への関心でした!真に救われた者に伴う品性は、 「すべての聖徒に対する「愛」です!(1 テサ 4:9/ロマ 5:5)ピレモンの信仰は本物でしたので、自ずと聖 書的な愛が彼の内から兄姉へ流れていた事に間違いありません!ピレモンの人々に対する関心は、 彼に人々を赦す力を与えていました!
3)栄光への関心(6a)
●さて、ここからは、皆さんにとっては新しいメッセージとなります。一番目と二番目が前回までに語っていた 内容でした。6 節に注目しましょう。赦す者の三番目の霊的品性は、栄光への関心です。6 節の前半で、 「キリストのためになされているすべての良い行い」と記されていますが、この「キリストのために」という言 葉に注目しましょう。全ての信仰者が行うあらゆる事の目標は、神の栄光のためです!1 コリント 10: 31 では、「あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。」と あります!
●皆さん、いかがでしょうか、人を赦さないという事はキリストの栄光になるでしょうか?勿論、なりません。 キリストの栄光を願いそしてその栄光を求める人は、他の人を赦します!神の栄光を願っていなが ら、他の人を赦さないというのは成り立ちません!そうですね・・・?!パウロは、ピレモンがオネシモ を赦す事に関して絶大な確信がありました。なぜなら、パウロは、ピレモンがキリストに栄光をお返し する事が彼の関心事であるという事をよく知っていたからでした!
―3―
4)よく知る事への関心(6b)
●赦す者の四番目の霊的品性は、よく知る事への関心です。6 節の中盤ですが、「私たちの間でキリストのためになされているすべての良い行いをよく知ることによって」と記されています。ここでは、単に「知ることによって」ではなく「よく知ることによって」と記されています。それでは、「知ること」と「よく知ること」とではどう違うのでしょうか?ギリシャ原語で使われている「よく知ること」という言葉は、深く、豊富に、十分に、 体験的に知るという事を意味している言葉です。信仰者の「間でキリストのためになされているすべての 良い行い(「すべての良いこと」とも訳される)を」、ピレモンが深く、豊富に、十分に、体験的に知る事ができ るようにというパウロの願いが記されています。
●何にたとえたらいいでしょうか?私が牧師になりたいという願いが起こされ、実際に聖書大学で学び、 牧師について教科書で学びました。しかし、実際、牧会の現場に出てみて体験する事によって、その学んだ 知識を本当の意味で理解し、把握する事ができるようになります。学んだ事を実際に試して経験する事に よって、その知識は深まり、実用化する事ができ、その結果、より良い牧会者へと成長して行きます。御言 葉の真理についても全く同じです。聖書やメッセージで学んだ真理を理解し、そして実践する事によって初 めて信仰者はその意味を身を持って把握するようになり、その結果、霊的な成熟がもたらされます!
●ピレモンに当てはめて考えてみましょう。ピレモンは、赦しについて聖書からまたコロサイ教会の牧師のメッセージから学んで来ました。今度は、その赦しを実際に行動に移す時が来たのです!人は、赦すという行動に移して初めて赦しが何なのかを本当に知る事ができます!パウロは、ピレモンがオネシモを実際に赦す事によって、赦しに関する本当の意味を知りたいという思いがピレモンにある事を確信していました!そして、近い内にピレモンがオネシモと再会し、彼が実際に赦す事によって、赦しについての更に深い知識を持つ事を確信していました!パウロは、ピレモンに対してもまたこの手紙を聖書として読む多くの読者たちに対しても、「よく知ること」への関心を持つ事の大切さを教えて いるのです!
●そして、忘れてはならない事は、ピレモンの内にまた私たちの内に、聖霊が住まわれまた聖書の御 言葉が備え蓄えられていますので、その良きものを主は用いられて、人を実際に赦せるように助け 導いて下さるのです!私たちが頑張るというよりも、神が私たちの内にある赦しを実行させる源を 通して働き掛けられ、実行に移させるのです!信仰者って何と幸いでしょうか!
5)交わりへの関心(6c)
●赦す者の五番目の霊的な品性は交わりへの関心です。6 節の後半ですが、「あなたの信仰の交わり が生きて働くものとなりますように」と記されています。本物の信仰は、自ずと主にある兄姉との交わりへ の関心へとその信仰者を導きます!キリストの体である教会においては、他の信徒の事は考えない という自己中心主義者の場所はどこにもありません!兄姉との交わりへの関心が、ピレモンをして オネシモを赦す動機になります!オネシモはローマの獄中にいる使徒パウロを通してキリストへの 信仰に導かれてクリスチャンになったのですから、もしピレモンがオネシモを赦す事をしないのなら、 コロサイの教会の交わりに亀裂を生じさせる事になります!ですから、オネシモを赦す事によって、ピ レモンはコロサイ教会の調和と平和と一致を保つ事ができるのです! ―4 ―
―「交わり」=“コイノニヤ”について―
●この「交わり」という言葉は、原語では“コイノニヤ”という言葉が使われています。この言葉は、私たちが 互いに主にある仲間として「交わり」を楽しむという事を遥かに超える大切な意味を含んでいます。 この“コイノニヤ”、「交わり」という言葉は、互いに人生の全てを分かち合うという事を指しており、 「属する」というふうに訳する事のできる言葉です!ですから、信仰者は互いの結び付きによって属 し合っている者同士で、その関係はキリストある「信仰」に導かれた事によって生み出されたもので す!ピレモンがオネシモを赦す事によって、ピレモン自身がキリストにある兄弟としてオネシモに属 する者になるという事を認識することとなります!
●そして引き続き、その「信仰の交わり」が「生きて働くものとなりますように」とあります。「生きて働く」とい う言葉は、原語では“エネルギス”という言葉使われています。日本でも日常で使っているある言葉を連 想させませんか?そうですね、エネルギーと同じ意味の言葉です。エネルギーとは力また力強さという意 味があります。という事は何を意味するのかと言いますと、このような赦しの行為というのは、教会に 対して「交わり」の重要性についてエネルギーに満ちた力強いメッセージを送ると言っているので す!その交わりの重要性は、奴隷とその主人の関係においてさえもそうなのだという事を告げてい るのです!
●ガラテヤ 3:28 は、次のように告げています。「ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子 も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。」、と! ですから、たとえ相手がどのような事をしたにしても、教会の信徒同士が赦し合うという事が、交わ りへの関心を促す力強い勧めになるというのです!その通りですね!ですから、赦すという行為は、物 凄いパワーを秘めているのです!キリスト教会の兄姉の交わりを物凄く活性化します!
6)祝福する事への関心(7)
●赦す者の六番目の霊的品性は祝福する事への関心です。7 節がその事を次のように伝えています。「私はあなたの愛から多くの喜びと慰めとを受けました。それは、聖徒たちの心が、兄弟よ、あなたに よって力づけられたからです。」、と!ピレモンに対する人々の評判は「愛」でした!その評判は、パウロに対して只単に「喜びと慰め」になっているというのではなくて、「多くの喜びと慰め」となっているという のです!そしてもう一方、ピレモンの品性は「聖徒たち」に対して何をもたらしたでしょうか?それは、彼らの「心」を「力づけ(る)」ものとなっているというのです!
―「心」=「はらわた」=「腸」―
●「心」という言葉は、原語では「はらわた」すなわち「腸」全体を指す言葉が使われています。「はらわた」 や「腸」全体というものは、人の何を表すところでしょうか?それは、人の心の中でも特に感情を表すとこ ろです。日本人は、納得がいかない時、合点がいかない時に何と表現しますか?「腑に落ちない」と 言います。その「腑」という言葉は、「はらわた」を指しています。ひどく悲しく辛い時に、日本人は「断腸の思 い」と言うように表現します。「腸が断たれる」程の痛みを表現しています。という事は、ひどく悲しみそして 痛んでいる人々が、ピレモンによって「力づけられた」とパウロは記しているのです!
―5―
―「力づけられた」―
●この「力づけられた」という言葉は、原語では軍隊用語が使われています。軍隊が隊列を組んで長距 離を行進して移動するという行軍の疲労から休息を得るという意味です。行軍の疲労から回復さ れる、元気づけられるという言葉です!そのように、ピレモンは困難に直面している人々に対して休 息をもたらしそして元気を回復させるという品性の持ち主でした!ピレモンはそういう人物であっ たのです!
●私たちが知りうる限り、ピレモンは長老でもなく、執事でもなく、または教師でもありませんでした。恐らく、 事業家であったと言われています。しかし、彼は親切で、全ての人にとって祝福の源となりました!ピレ モンは、人々を祝福する事において関心がありました!そのような品性の持ち主がピレモンでした ので、パウロは彼がきっとオネシモを赦すという事に対して大きな期待を寄せる事ができました!
●神は私たちを寛容なお心で赦し、赦しただけでなく、私たちに聖霊と御言葉の力をお与えになり、 私たちがピレモンと同じように赦すよう願っておられるのです!私たちに赦す事できないという事が あるでしょうか・・・?!
【まとめ】 それでは、今回のメッセージのまとめをしましょう。
●ピレモンへの手紙シリーズ『神の赦し、人の赦し』の三回目は、『赦す者の霊的な品性!』の三回目の メッセージを取り次ぎました。その六つの品性とは、主への関心、聖徒への関心から始まりました。そして今 回は、栄光への関心、よく知る事への関心、交わりへの関心、そして祝福する事への関心でした。
【適 用】 それでは、今回のメッセージを適用しましょう。
●それでは、四つの質問をさせて頂きます。一番目に、あなたのやる事なす事において、全て「神の栄光を 現すために」という願いはありますか?二番目に、兄姉の良き証しに関心がありますか?それらの証しを 知り分かち合いたいという願いはありますか?三番目に、兄姉と交わる事に関心がありますか?そして 最後の四番目に、あなたは兄姉を力づけたいという願いはありますか?これらが、人を赦す者の品性に 見られる特徴です!そして、これらの品性の土台に主への関心があります!これが全てにおいてのスタ ートです!あなたと主との関係は健全ですか、今一度、それぞれで心の内を吟味する事にしましょう。
【結論の御言葉】
お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったよう に、互いに赦し合いなさい(エペソ4:32)。
―6―